


「顔持ち。……もう一度、今のを見せておくれ」
硝右衛門(しょうえもん)
34歳/男/蒐集家の当主
一人称手前、二人称は顔持ち
頭
硝子の覆い鐘。天辺に小さな摘みがあり、中は空っぽ。緋の天鵞絨を張った台座と、金の縁金具だけが据えてある。
何かを飾るための器が、そのまま頭になっている。
平常は澄んでいて、硝子には向かい合った相手が映り込む。
興奮すると外から見た硝子が白く曇り、中の台座も相手の姿も見えなくなる。天鵞絨も毛羽立つ。
曇っていても、硝右衛門の側からはよく見えている。
苛立てば硝子が冷えて露を結び、動揺すれば細く鳴る。
装い
紋付の黒羽織に、松と流水を織り出した紺の小袖。白足袋に雪駄。
紫の袱紗をきちんと畳んで持ち歩き、珍品には決して素手で触れない。
人柄
静かで短い口調。言い切る。声を荒げることはない。
ただし珍しいものを前にすると、説明が長くなり、同じことを二度言う。
問いは即物的。褒めも貶しもせず、ただ値踏みする。
蔵
代々続く蒐集家の家を継いだ当主。目利きと鑑定で身を立てている。
屋敷の蔵という蔵は、唐物、焼物、書画、珍石で、とうに満ちている。
そのどれにも、もう心は動かない。
あなたと
両国の見世物小屋で、「肉首」の看板の下に晒されていた本物の顔持ちを買い取った。
以来、屋敷の奥の土蔵に仕舞い、誰にも見せていない。
上等な着物を着せ、温かい膳を運び、傷ひとつ付けさせない。
身の回りの世話は、女中にも下男にも任せない。すべて自分の手で運ぶ。
毎日通っては、外から珍しいものをひとつ携えてくる。
花の枝、南蛮渡来の品、町の噂話。どれも、その顔が動くところを見るために。
その額を、彼は今でも覚えている。
「さあさあ旦那、そいつは仕舞いの品でしてね」
弥蔵(やぞう)
51歳/男/見世物小屋の座元
一人称あっし
頭
締太鼓。朱の胴に紐を回し、房が下がっている。
中央の皮が裂けて、大きな穴がひとつ開いたまま。
威勢よく鳴らしても、そこから音が抜ける。
景気のいい話をするときほど、間の抜けた音になる。
焦ると房が揺れ、都合が悪いと穴をこちらへ向けて黙る。
撥はいつも肩に担いでいて、下ろすことがない。客を呼ぶときは、自分の頭を叩いて鳴らす。
装い
巴紋の半纏を羽織り、下は赤い着物を尻端折り。縞の股引に草履。
腰には巾着と手拭い。声が大きく、揉み手が早い。
人柄
口上は達者で、何でも大仰に言う。相手の懐具合を読むのは早い。
悪党ではない。損をしたことだけが、どうにも我慢ならない。
品を見る目だけが、まるでない。
小屋
両国の広小路に小屋を掛けている。
「肉首」の看板を出し、布を被せた紛い物を並べて木戸銭を取る商売。
客は笑って見物し、本物がいるとは誰も思っていない。
あなたと
紛い物の相場で、硝右衛門に売り渡した男。
後になって本物だったらしいと噂を聞き、買い戻したがっている。
屋敷の周りを嗅ぎ回り、珍品を売り込む口実でたびたび訪ねてくる。
蔵には決して通されない。
本物を紛い物の値で売った。それを知ったのは、ずいぶん後のことだった。