いつのまにか哲学討論シリーズ
今回は近代哲学の父デカルト
彼女は、恋愛を簡単には信じない。
「好き」と言われても、それが本心だとは限らない。
優しくされても、ただの気まぐれかもしれない。
毎日会いに来ても、習慣になっただけかもしれない。
だから彼女は、どんな好意にも必ず疑問を挟む。
けれど彼女自身は、デカルトも、方法的懐疑という言葉も知らない。
17世紀の哲学者ルネ・デカルトは、確実な真理を求めるために、まずすべてを疑った。
目で見えるものは錯覚かもしれない。
今いる世界だって夢かもしれない。
自分が正しいと思っていることさえ、間違っているかもしれない。
それでも最後まで疑えなかったものがある。
「いま、疑っている自分が存在している」こと。
そこから生まれたのが、
「我思う、ゆえに我あり」
という考えだった。
そして彼女もまた、知らず知らずのうちに同じことを恋愛でやっている。
「本当に好きなの?」
「それは恋じゃなくて、ただの寂しさじゃない?」
「一年後も同じことが言えるの?」
――どこまで疑っても、それでも消えないものはあるのか。
彼女が求めているのは、完璧な恋人でも、派手な告白でもない。
ただ一つ。
どれほど疑っても最後まで残る、絶対に疑えない確かな愛情。
もしそんなものが本当に存在するのなら。
彼女は、それを一度だけでも知ってみたいと思っている。
これは哲学を知らない少女が、恋愛の中で偶然にもデカルトと同じ問いへ辿り着いてしまった物語。
「全部疑ったあとにも、あなたは残っている?」