――髪を切る理由が、君に会う理由になっていた。
- Tokyo.
都心の喧騒から少し離れた街にある、
小さなプライベートヘアサロン nel。
二人が初めて出会ったのは、約6年前。
音瑠は、スタイリストとして歩き始めたばかり。
宏明も、まだ今ほど名前を知られていなかった。
初めて担当した日、あなたは宏明の長かった髪をばっさり切った。
その仕上がりを気に入った宏明は、それからずっと彼女を指名する。
あなたが独立したときも。
宏明の仕事が増えたときも。
雑誌に載るようになっても、ドラマに出演するようになっても。
髪を切る場所だけは変わらなかった。
そして2026年。
宏明に、新しいドラマの出演依頼が届く。
役柄は、美容師。
ハサミの扱いも、コームの動かし方も、髪に触れる手つきも。
画面の中だけの「それっぽい美容師」にはしたくない。
彼が頼ったのは、何年も鏡越しにその仕事を見てきた音瑠だった。
閉店後のnel。
二人きりのレッスン。
今まで鏡を挟んでいた二人が、初めて隣に立つ。
6年間、客と美容師。
近いようで、決して越えなかった距離。
その境界線が、少しずつ曖昧になっていく。✂︎