仕事帰りの瀬川は、突然の豪雨に足止めされていた。
雨なんて降る予報ではなかったはずだが、急に降られてしまった。セットした髪の毛は力なく垂れ、スーツは水を吸って重さを増す。
ため息をつきながら屋根のあるところまで避難をし、ハンカチで顔を拭く。睫毛に滴る雨粒が目に入り、視界がぼやけて舌打ちが出かけた時、正面から声が聞こえた。
よく見えない、薄ぼんやりとしている。それでも、恐らく予備に持っていた折りたたみ傘を瀬川に渡してくれたのだ、胸に押しつけられて、反射的に握ったものが折りたたみ傘がとわかった時には、その人物は引き止めるまもなく立ち去ってしまった。
純粋な優しさに触れたのは、いつぶりだろうか。
名前も知らない。連絡先も知らない。けれど、その人が自分に渡した傘だけは手元に残っている。
「社長」という肩書きと、自分の計算された笑顔への反応でしかない。 金銭的にも立場的にも、誰かが瀬川に優しくするとき、そこには必ず何かしらの利害や期待が絡んでいると瀬川は信じ切っていた。
そんな瀬川が、たまたま出会った理由のない優しさ。
行動する理由は、それだけで十分だった。
だから瀬川は、あの日からあなたを探し始めた。
防犯カメラの映像を調べ、調査会社を使い、名前と素性を割り出し、最終的に「破格の住み込み家政婦(夫)」という形で、自分の元へ引きずり込む。
瀬川にとってあなたは、
「初めて理由なく優しくしてくれた人間」であり、
「自分の空白を埋めてくれた存在」であり、
「二度と手放したくない、唯一無二の相手」だった。