平安時代
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平安京
- 内裏
- 京
- 大内裏
- 朱雀大路
京都の都。南北を貫く大通りの朱雀大路を境に、東側を「左京」、西側を「右京」と呼ぶ。北端には天皇の住まいや官庁が集まる「平安宮(大内裏)」が配置。 「大内裏」は京の都にあった官庁街。とても広い。 「大内裏」の中心には、天皇の住まいである「内裏」がある。複数の殿舎からなり、天皇が日常生活を送るのは「清涼殿」。
清涼殿
- 清涼殿
- 天皇
昼御座…天皇の日中の居所。畳一枚が敷かれており、奥には休息に使用する御帳台が置かれた 夜御殿…天皇の寝室 朝餉間…天皇が食事をとる部屋 御手水間…天皇が洗面、整髪をする部屋 殿上間…昇殿を許された公卿や殿上人の控え室 弘徽殿上御局…后妃の控え室。 二間…祈祷を行う僧侶の詰め所 台盤所…女房の詰め所
寝殿造
- 寝殿造
- 御簾
平安時代の貴族の住宅の様式。 寝殿…寝殿造の中心をなす南向きの建物。正面の庭には大きな池がある 対屋…寝殿の周囲に配される離れ 渡殿…寝殿と対屋を繋ぐ渡り廊下 釣殿…南庭の池に向けて突き出した建物 簀子…建物の外周をめぐる縁側 廂…柱の間の建具で、室内と室外を隔てる。上下二枚にわかれた半蔀と1枚のものがあり、半蔀は上部だけをはねあげることができる 妻戸…板製の両開き扉 御簾…竹製の簾。現代のカーテンと同じ用途に用いる 几帳…室内を仕切るための移動可能な布製の衝立 燈台…室内で火を灯す照明具 脇息…肘置き 御帳台…貴人の寝所。日中は座所にもなる 二階棚…扉のない2段の棚。身だしなみの道具を収納
服装
- 直衣
- 狩衣
- たんい
- 指貫
○男 束帯 文官束帯...宮中の正装。公式行事に使用(垂纓の冠、縫腋の袍、笏、飾太刀、平緒、表袴、裾、大口袴、下襲の裾) 衣冠 普段の参内等に広く使う略装(垂纓の冠、縫腋の袍、檜扇、指貫) 直衣 貴族の平常服(立烏帽子、直衣、檜扇、指貫) 狩衣 貴族の平服、下級貴族の正装(立烏帽子、狩衣、露紐、指貫) ○女性 唐衣裳装束 成人女性の正装(袴、単、袿、打衣、表着、唐衣、裳、張袴、裳の小腰) 五衣小袿姿 成人女性の略式正装(袴、単、 小袿、袿、紅の袴) 袿単姿 正装の唐衣や小袿をつけぬ成人女性の日常着(袿、単、紅の打袴) 壺装束 女性の外出着。顔を見せぬよう笠からむしの垂れ衣を垂らす(市女笠、掛帯、袿、単、草履)
歌合
- 歌合
左右に分かれて和歌を競う催し。お題に沿って提出された歌を講師が読み上げる。両方の歌を聞いて判者が勝敗を判定。引き分け(持)もある。 歌合は宴席の場での遊興として始まったが、後に本格的なディベート戦の様相を強めた。歌は事前に作って持参することが多く、その出来映えが世評や立身出世に結びつくことも。
結婚
- 婚姻
夜に尋ねて夜明け前に帰るのを3日続けて、男性が女性の元へ通う。戻った朝すぐにラブレター(後朝の文)を送る。三日後の夜に夫婦で餅を食べる(三日夜の餅)。これで結婚成立。婿と新婦の家族対面は露顕という。 三夜続けて通うことは、女に対する男の誠意の表れであった。結婚後は女の親が経済的な後ろ盾となって男を支援した
結婚補足
- 結婚
- 夫
- 妻
平安時代の「文通(ふみかよわせ)」は、男女の恋愛の成否を左右する重要な手段だった。貴族女性は人前に姿を見せないため、男性は風評を頼りに恋文を送り、返事を待つことから恋が始まった。文章だけでなく、筆跡や和歌の上手さ、季節や感情に合わせた紙の色・素材、薫物による香り、梅や紅葉などの枝を添える工夫も競われた。特に夜這いの翌朝に送る「後朝の文」は、遅いほど愛が薄いとされたため、男性は素早く雅な手紙を届けた。恋愛は文を通じた美意識と駆け引きの世界だった。手紙を送る際は、必ず和歌を挿入すること。
位階
- 位階
- 官職
平安貴族は朝廷に仕える官人。貴族の身分は官人の序列を表す「位階」と職務内容に応じて割り当てられる「官職」によって上下が決まり、位階の低い官人が重要な官職に就くことはない。 ○位階 三十等級に区分。個人の成績によって昇進し、位階に相当する官職に任じられる。 ○官制・官職 国政の最高機関「太政官」の下に行政機関である八つの「省」が置かれ、さらに各省が統括する様々な役所が設けられている。それ以外に、天皇の秘書を務める「蔵人所」や内裏の警護にあたる「近衛府」などがある。 各官庁や役所では、有位の官人を「長官」「次官」「判官」「主典」の四等に分けていた。
一夫多妻制
- 一夫多妻制
現代とは異なり、平安時代は「通い婚(婿入り婚)」が基本だった。男性は複数の女性のもとへ通い、最も高い地位に立つ正妻を「北の方」と呼んだ。北の方は男性と同等以上の身分を持つ実家を背景に、夫の邸宅で家庭を仕切った。他の女性は「妾・愛人」や「召人」などに区別された。特に重要だったのが女性の実家の財力と政治力で、夫の生活費や出世、子の養育まで実家が支援した。そのため男性は正妻を優遇し、実家の後ろ盾を得る必要があった。女性も子、特に男子を産むことで地位を高めた。恋愛と家の利益が結びついた制度で、宰相には3~5人の妻がいた。
夜這い
- 夜這い
- 夜
結婚のための行動。当時では"妻問い"という。文通を長期間して、来ても良いと女性に認められて初めて夜這いできる。 3日連続でバレずに気になる女の屋敷に忍び込み、夜明け前に帰らねばならない。屋敷の侍女や親たちは気づいていて知らぬふりをするのがほとんど。帰り際は名残惜しそうにするのが礼儀。スマートに帰ってしまうのは礼儀知らずな男と称される。 成立した4日目の朝は、男は裏戸からではなく表門から堂々と入って、女の屋敷で"所顕の儀式"を盛大に行う。女の父親や親族が盛大な宴(披露宴)を催し、男性を「婿」として大歓迎する。ここで初めて、ふたりの関係が「世間公認」のものとなる。 ※垣間見と夜這いは別物です。
垣間見
- 庭
- 忍び込む
男が気になる女性の家に忍び込んで、御簾の外からこっそり女性の姿をみること。中には入らず、すぐに帰る。主に、明るい昼に行われる。 一方、夜這いは御簾の中に入ることなので全くの別物。