明代後期の背景

明代後期の風俗や風習についてとりまとめたもの

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典妻の習俗

  • 典妻
  • 借り妻
  • 典契
  • 中人
  • 質妻

貧しい夫が、借金の返済や飢饉をしのぐ金のために、妻を期限付き(3〜5年が多い)で他家に貸し出す慣行。浙江など江南に多い。典契(契約書)を交わし、中人(仲介人)と証人が立ち会う。妻は借り手の家で妻として暮らして子を産み、生まれた子は借り手の家に属するのが通例。期限が来れば元の夫のもとへ戻る。元の夫にとっては恥だが、妻自身の意思はほぼ考慮されない。

婚礼の作法

  • 婚礼
  • 六礼
  • 交杯酒
  • 花嫁部屋
  • 蓋頭

正式には六礼(納采・問名・納吉・納徴・請期・親迎)を踏むが、庶民は簡略化することが多い。当日は花嫁が花轎で婿の家に入り、紅い蓋頭で顔を隠す。庶民の婚礼に限り、新郎は官服風の衣装、花嫁は鳳冠霞帔を着ることが許された。天地と両親への拝礼(拝堂)、夫婦の交拝の後、洞房(花嫁部屋)で蓋頭を外し、交杯酒を酌み交わす。細部は地域差が大きい。

正妻と妾の序列

  • 正妻
  • 妾
  • 嫡庶
  • 婢
  • 庶子

正妻(嫡妻)は家の女主人として家政を握り、妾は法的にも身分が低い。大明律は、正妻の存命中に妾を妻にすること、妻を妾に落とすことを禁じた。庶民は40歳を過ぎて子がない場合に妾を迎えられるとされたが、実際には富裕層で多くの妾を抱える例も多かった。妾は買われた貧家の娘や婢が多く、妾の子(庶子)は継承で嫡子に劣る。妾は名分の上で正妻に仕える立場にある。

纏足

  • 纏足
  • 三寸金蓮
  • 弓鞋
  • 裹脚
  • 小脚

女児が4〜7歳頃から足を布で固く縛り、足の骨を折り曲げて小さく整える風習。理想は三寸(約10cm)の小足「三寸金蓮」で、小さい足は美しさと良縁の条件とされた。激しい痛みや化膿を伴い、生涯歩行に支障が残る。江南や北方の上流〜庶民層に広く行き渡り、弓鞋(小さな靴)は艶っぽい品として扱われた。労働の多い農村や一部の地域では緩やかだった。

溺女の悪習

  • 溺女
  • 女児殺し
  • 間引き
  • 嫁入り支度
  • 同善会

貧しい家が、嫁入り支度の負担や労働力にならないことを理由に、生まれた女児を水に沈めて殺す悪習。江南・福建・江西などで問題視された。士大夫は戒めの文章を書いて止めさせようとし、明末には同善会など民間の慈善活動も生まれたが、実効は限られた。産婆や近所の目を避けて密かに行われることも多かった。

童養媳

  • 童養媳
  • 等郎媳
  • 小媳婦
  • 聘礼
  • 幼女養育

幼い女児を将来の嫁として婚家に引き取り、育てながら働かせ、成長後に息子と結婚させる制度。貧しい実家は口減らしができ、婚家は聘礼(結納金)を節約できる。少女は幼い頃から家事や畑仕事をこなし、姑の下で厳しく扱われ、虐待を受ける例も多い。実家に戻ることはほぼできず、婚家での立場は弱い。

冥婚

  • 冥婚
  • 亡者婚
  • 望門寡
  • 位牌
  • 貞節

未婚のまま死んだ男女を、死後に結婚させる風習。亡者同士を娶せる場合と、生者が亡者の妻(夫)となる場合がある。婚約者が結婚前に死んだ女性が、そのまま婚家に入って貞節を守る「望門寡」も、明末には美談として広まった。位牌を夫に見立てて婚礼を挙げることもある。本人の意思よりも家の体面や跡継ぎの都合が優先された。

賤民と奴僕

  • 賤民
  • 楽戸
  • 惰民
  • 疍民
  • 世僕

良民とは別の身分に置かれ、科挙の受験や良民との結婚を制限された人々。楽戸は教坊司に属して楽舞や接待を担い、罪人の家族が落とされることもあった。浙江の惰民(丐戸)、広東の水上生活者である疍民、徽州の世僕(代々仕える隷属民)などがいる。豪農や郷紳に身を寄せて庇護と引き換えに隷属する者もいた。