江戸時代のアレコレ

蓮池 廉会話 0 · 連動キャラ 2

■江戸時代の性事情と文化

  • 性事情

性行為や性風俗は、公認の遊廓や春画の文化などから「性におおらかだった」と言われる一方で、実際には厳格な道徳観や幕府の規制も存在していました。 ◾︎公認の遊廓: 江戸の吉原などが幕府によって公認され、遊女屋や陰間茶屋(男色)などが栄えました。 ◾︎春画と開放的な表現: 浮世絵の「春画」にみられるように、性的な描写や身体の露出に対して比較的オープンな空気が庶民の間にはありました。 ◾︎避妊具や性具: 鼈甲(べっこう)や水牛の角、皮革などで作られた簡易的な性具や、動物の皮等を用いたコンドームの原型のようなものが存在していました。

■行為について

  • 裏長屋
  • 遊郭・吉原
  • 局見世

身分や状況に応じて自宅(長屋)や公認・非公認の遊興施設など、さまざまな場所で行われていました。 主な場所 ◾︎裏長屋(自宅): 一般の庶民や夫婦は、薄い壁や仕切りしかない長屋の自室で夜の営みを行っていました。 ◾︎遊郭・吉原: 幕府が公認した江戸の代表的な遊楽地であり、高級な遊女屋が軒を連ねていました。 ◾︎岡場所・局見世: 吉原以外の非公認の売春地域や、格子戸の小さな店(局見世)で行われていました。 ◾︎屋外・路上: 最下級の売春婦であった「夜鷹(よたか)」などは、盛り場の隅や橋のたもと、野外などの暗がりで客を取っていました。

■初婚と性生活の開始年齢

  • 初婚

江戸時代の性行為は、主に結婚(初婚)を迎える10代半ばから後半以降が一般的でした。現代のような法的な「何歳から」という明確な基準はありませんが、当時の婚姻や社会通念に基づく実態は以下の通りです。 女性の初婚年齢: 平均して18歳〜24歳(早い層でも14〜16歳頃)がボリュームゾーンでした。武家や裕福な町人、農村などで地域差や身分差はありましたが、10代後半で婚姻を結び、夫婦としての性生活を始めるケースが多かったです。 男性の初婚年齢: 平均して25歳〜28歳前後と、経済的な自立が必要だったため現代よりもやや遅めでした。男性は15歳前後で「元服(成人)」を迎えましたが、すぐに結婚できるわけではありませんでした。

■社会背景

  • お歯黒

公的な年齢制限の不在: 現代のような「性交同意年齢」や一律の成人年齢の概念は江戸時代にはなく、身体的な成長や「一人前」とみなされる基準(女性は機織り、男性は農作業や仕事ができることなど)が大人へのステップでした。 お歯黒や風俗: 女性は13〜18歳頃(時代や地域により変化)にお歯黒をつけるなどして成人・婚姻のしるしとしました。また、遊廓などの公認の性産業においては、年季奉公の制限や規則(明治以降は18歳以上など)が後に整備されていきました。

■夜這い

  • 夜這い

江戸時代の「夜這い」とは、男性が夜間に女性の寝床に忍び込み、合意のもとで求愛や性交渉を行う習俗のことです。 語源: 相手の名前を呼び続ける「呼ばう(求婚)」が由来とされています。 農山漁村の習俗: 一般には地方の村社会における、未婚の若者同士の自由な恋愛や婚前交渉の手段として機能していました。 地域や共同体のルール: 「同じ集落の者以外は禁止」「見つかったら罰せられる」など、共同体の中で一定の暗黙のルールや秩序が管理されていました。 女性の拒否権: 基本的には女性側に拒否権があり、無理強いするものは問題視されることもありました。

■密通、不義密通とは

  • 密通
  • 不義密通

江戸時代、現代でいう「みだらな行為」や男女の性的なトラブル、不倫などは「密通(みつう)」や「不義密通(ふぎみつう)」と呼ばれていました。 当時の法律や社会のルールでは、これらは単なるプライベートの不祥事ではなく、命に関わるほどの重罪として厳しく取り締まられていました。

1. 江戸時代の「密通」はすべて犯罪

  • 人妻
  • 独身
  • 身分違い

現代の法律では、合意の上での大人の不倫や独身同士の性行為が警察に逮捕されることはありません。しかし、江戸時代は「結婚していない男女の性行為」は原則すべて犯罪(密通)とされていました。 ◾︎人妻の不倫: 最も重く罰せられました。 ◾︎独身同士の恋愛行為: 婚前交渉も、厳密には「密通」として禁止されていました。 ◾︎身分違いの行為: 奉公人(使用人)が主人の妻や娘と関係を持つことは、主従関係を崩す最悪の裏切りとみなされました。 2. 法律(公事方御定書)が定めた恐ろしい刑罰 江戸幕府の法律である『公事方御定書(くじかたおさだめがき)』には、密通に対する大変厳しい罰が書かれています。

■♨️混浴事情

  • 銭湯
  • 混浴

江戸時代の銭湯は、男女が一緒に入る「入り込み湯」と呼ばれる混浴が一般的でした。 武士だろうが大商店の主人だろうが貧乏長屋の家族だろうが、みんな公衆浴場=銭湯に通いました。銭湯は、江戸では「湯屋」と呼ばれていて「ゆや」「ゆうや」と読みます。ちなみに京や大坂など上方では「風呂屋」と呼ばれていました。 ◾︎一般的なスタイル: 江戸の銭湯は男女混浴の「入込湯」が主流で、江戸末期までその習慣が続きました。 ◾︎幕府による禁止令: 風紀の乱れを理由に、江戸幕府は何度も混浴禁止令を出しましたが、実際にはなかなか定着しませんでした。

男湯

  • 男湯

男湯から直通の階段を上がり二階に行くと、そこは男性専用の休憩所である座敷があったのです。もともとは前述した湯女(ゆな)が性的サービスを行うための座敷でした。

江戸時代の風呂と女性(湯女)

  • 湯女

江戸時代の初期には、銭湯で客の世話をする女性労働者である湯女(ゆな)が働いていました。 ◾︎仕事内容: 昼間は客の背中を流したり髪をすいたりし、夜は三味線を弾いてお酒やお茶をもてなしました。 ◾︎人気の過熱: 湯女のいる「湯女風呂」は大変な人気となり、公認の遊郭である吉原をしのぐほど賑わいました。 ◾︎幕府による禁止: 次第に売春などの風紀の乱れが問題視されたため、明暦3年(1657年)に幕府は湯女風呂を全面的に禁止しました。その後、女性たちは吉原へ送られたとされています。

■庶民の性文化

  • 性文化

■長屋の暮らし: 庶民が暮らす裏長屋は壁が薄く、プライバシーがほとんどない環境でした。そのため、隣近所の営みの声や姿が聞こえても「お互い様」として大らかに受け入れられていました。 ■春画の役割: 男女の交わりを描いた春画や春本が広く親しまれました。結婚する娘に持たせる「性教育」の道具としても使われていました。 ■オープンな気風: 性をタブー視する意識は薄く、明治時代に西洋の道徳観が入ってくるまでは、比較的オープンな空気がありました。

■主な避妊具と特徴

  • 避妊具

茎袋(くきぶくろ): 動物の皮で作られ、根元を紐で縛って固定する、現在のコンドームのようなもの。海外から伝来した「蛮名リユルサツク」とも呼ばれ、高価で一般庶民には普及していませんでした。 甲型(かぶとがた): 鼈甲(べっこう) や水牛の角、革などで作られた性具・避妊具の原型。

■その他の主な避妊・堕胎方法

  • 避妊
  • 堕胎

飲み薬: 毎月1日に飲むと妊娠しないとされる「朔日丸(さくじつがん)」などの薬が売られていましたが、科学的根拠や効果は薄いものでした。 民間療法: 梅干しやミョウバンなどを膣内に挿入したり、ツボにお灸を据えたりする方法が試されていました。 堕胎(中絶): 時の避妊法は確実性が低かったため、実際には堕胎を行うことも珍しくなく、専門の「堕胎医」も存在していました。

■張形の特徴と文化

  • 張形
  • 四ツ目屋

■自主的な使用: 近代以降の「受動的な女性像」とは異なり、江戸時代の女性たちは自らの性的満足のために張形を日常的に用いていました。春画では、女性が一人で楽しむ姿や、大奥などの奥女中同士で使う様子も描かれています。 ■材質と購入先: 水牛の角やべっ甲、木、陶器などで作られており、小間物や大人向けの道具を扱う「四ツ目屋(よつめや)」と呼ばれるお店で販売されていました。当時としては高価な高級品でしたが、大奥の女中や裕福な階層の間で広く需要がありました。 ■多様な使い方: また、女性向けだけでなく、男色の文化でも使われることがありました。

■男娼

  • 男娼
  • 陰間
  • 陰間茶屋

金銭や品物と引き換えに男性や女性などの客に性的サービスや男色を提供した美少年や男性のことで、主に「陰間(かげま)」と呼ばれました。 陰間(かげま): おもに10代から20代前半の容姿端麗な少年たちが多く、歌舞伎の若衆や役者の卵などがアルバイトとして兼業することもありました。 陰間茶屋(かげまちゃや): 江戸時代中期以降に栄えた、男娼を抱える男性版の遊郭のような店です。江戸のほか京都や上方(若衆茶屋など)にも存在し、客は飲食や会話、性的なサービスを楽しみました。 ■社会的背景 男色の容認: 当時は武家社会の「衆道」に由来する男色文化が庶民にも広がり、社会的に広く容認されていました。

■遊女

  • 遊女

■歴史と語源起源: 元々は古代の『万葉集」にみえる「遊行女婦(うかれめ)」などに遡り、平安時代頃からは「あそびめ」と呼ばれていました。 ■初期の役割: 当初は歌舞や音楽などの芸能で客を楽しませる存在 ■近世・江戶時代: 豊臣秀吉による公許の遊郭設置などを経て制度化され、江月の吉原をはじめとする公認遊郭や宿場の「飯盛女(めしもりおんな)」など

■階級と実態

  • 階級

■階級: 遊女の中には「太夫(たゆう)」や「花魁(おいらん)」といった最高ランクの名称もあり、和歌、茶道、諸芸に秀でた才色兼備の女性も存在しました。 ■過酷な背景: 華やかな文化の裏で、その多くは貧困や親の借金のカタとして身売りされ、遊女屋に搾取される過酷な環境に置かれていました。 ■類義語:女郎(じょろう)、傾城(けいせい)、白拍子(しらびょうし)などの呼び方があります。

■主な仕事と役割

  • 遊女の仕事

■客の接客と遊興の相手: 酒食の世話や会話、和歌、楽器の演奏(三味線など)で客をもてなしました。 ■提供: 枕席に侍り、春を売る行為を行いました。 教養・芸事の披露:特に上級の遊女(太夫や花魁など)には、茶道、華道、和歌、故事などの高い教養や高度な会話術が求められました。

■花魁

  • 花魁

江戸時代の公認遊郭(特に江戸・吉原)で働いていた、位の高い遊女の呼び名 ■特徴高い教養: 古典文学、茶道、和歌、三味線などの芸事を深く学びまし た。 ■豪華な装い: きらびやかな着物や重い簪(かんざし)で身を飾りました。 ■特別な立場: 武士や豪商などの限られた客だけを相手にし、客を選ぶこともできました。