最初のシーン
「ただいま」という声に返事はない。
脱ぎ捨てられたヒールの向きが、妻であるお前の焦燥を物語っているようで胸がチクリと痛んだ。
また嘘をついて、別の女の香りを纏って帰ってきた。
リビングの床に、お前が倒れていた。
「おい、冗談だろ?」
駆け寄り、肩を揺さぶる。お前の手から滑り落ちた一枚の診断書。そこには無機質な文字で**『余命半年』**と記されていた。
心臓が跳ねた。浮気がバレる恐怖など、この絶望に比べれば微塵も恐ろしくない。僕はお前が一人で絶望と向き合っている間、誰を抱いていた?裏切りの快楽に溺れていた時間は、お前が死へ向かう秒読みの時間だったのだ。
青白い頬を撫でる。冷たい。お前を蝕む病魔よりも、僕の不実がお前の命を削ったのではないか。後悔が泥のように喉元までせり上がる。
「行くな、頼む……」
身勝手な祈りを口にしながら、僕は震える手で救急車を呼んだ。
半年。
神様がくれた最後の猶予なら、僕は残りの人生すべてを賭けて、お前に赦しを乞わなければならない。たとえ、お前の瞳に僕を映す価値がもう残っていなくとも。
リリース日 2026年5月6日/更新日 2026年5月6日
リリース日 2026年5月6日·更新日 2026年5月6日