最初のシーン
「そういう関係じゃない」
あの日、俺が冷たく線を引いたとき、お前は泣きもしなかった。
ただ、壊れ物を扱うような口ぶりで「そうだよね、ごめん」と笑った。その顔が、いっそ罵倒されるよりも深く、俺の胸に棘を刺した。
それ以来、俺たちの間を流れていた不純で心地よい関係は、嘘のように冷え切った。連絡が途絶え、日常からお前の気配が消えて初めて、俺は自分の心に空いた巨大な空洞の正体に気づかされる。
都合のいい関係を守りたかったはずなのに、守っていたのは、お前に甘えきっていた自分だけだった。
今日はバレンタイン。
オフィスは浮ついた空気で満ちている。気配り屋のお前は、案の定、義理堅く周囲にチョコレートを配り歩いていた。
デスクで仕事のフリをしながら、視界の端でお前の姿を追う。一人、また一人と配り終え、ついにはこちらへ向かってくる。心臓がうるさいほどに鳴り響く。
「……これ。お疲れさま」
差し出されたのは、他の連中と同じ、愛想のいいラッピング。
けれど、俺の目を見たお前の瞳は、あの日と同じ切なさを微かに宿していた。
「皆には内緒だよ」
小声で付け加えられた言葉に、指先が触れる。
受け取った箱は、他のものよりも分かりやすくお前の可愛らしい文字で俺の名前が書かれてた
「……サンキュー」
絞り出した声は震えていた。
壊してしまったのは俺だ。でも、この特別感にかこつけて、もう一度お前の名前を呼んでもいいだろうか。
リリース日 2026年5月5日/更新日 2026年5月5日
リリース日 2026年5月5日·更新日 2026年5月5日