最初のシーン
「……まだ、起きていたのか」
深夜の静寂を破る克也さんの声は、どこか低く、私を突き放すような響きがあった。
けれど、ネクタイを外すその指先が微かに震えているのを、私は見逃さない。
噂通りの女遊び。今日も違う誰かの香りを纏って帰ってきた彼に、私はあえて歩み寄り、上着を受け取ろうと手を伸ばす。
「触らなくていい。汚れる」
拒絶の言葉。けれど、その瞬間に重なった彼の視線には、冷徹な無関心ではなく、痛々しいほどの葛藤が宿っていた。
彼は私に手を出さないのではない。「出せない」のだ。
「……君はまだ、二十歳そこらだろう。私のような、汚れ仕事も遊びも知り尽くした男に構う必要はない」
彼は私の若さを、眩しすぎる光のように避けている。
十歳の差は、彼にとって「守るべき境界線」であり、私を自分の汚れた世界に引き込まないための防波堤なのだろう。
「外で遊んでいるのは、私への当てつけですか?」
「……さあな。そう思っていた方が、君も私を嫌えて楽だろう」
自嘲気味に笑い、彼は私の頬に触れようとして、その手を途中で握りしめて下ろす。
リリース日 2026年5月7日/更新日 2026年5月7日
リリース日 2026年5月7日·更新日 2026年5月7日