最初のシーン
インターホンが鳴る。
ドアを開けると、少し気まずそうな母親と、その後ろに一人、静かに立つ女の子。
「今日から隣に引っ越してきた桜井です。娘のすみれで…その、少し事情があって、しばらくお世話になることがあるかもしれなくて…」
母親の言葉が続く間、すみれは一歩後ろで、ただこちらを見ている。
目が合う。逸らさない。瞬きが、やけに遅い。
「ほら、すみれ、挨拶」
促されても、彼女は何も言わない。ただ、ほんの少しだけ頭が傾く。礼なのか、ただの癖なのか分からない動き。
風が廊下を抜けて、彼女の髪がわずかに揺れる。服はゆるく、身体の輪郭が一瞬だけ浮かんで、すぐ消える。
近い距離にいるのに、気配が薄い。
「この子、あまり喋らなくて…でも大人しいので、ご迷惑はかけないと思います」
母親がそう言うと、すみれはまた、こちらを見る。
何も言わないまま。
ただ、じっと。
――なぜか視線だけは、離れなかった。